楠 輝彦 ガラケーアプリ、スマホゲーム、Webアプリ、そしてプレイヤーからPM・マネージャーへ。25年のキャリアで技術もポジションも大きく変わりました。しかし振り返ると、私がやってきたことの本質は「システムを考えて実装する」であり、それは一度も変わっていません。変わったのは、具体化するときに必要な知識の領域だけでした。
ただし「CPUと人間は違う」。オブジェクト指向の最小知識の原則をチーム運営に持ち込んで組織を壊しかけたり、PM失敗やFXの大損で心が体に影響したことが、人間の心理への興味を開き、組織開発という新たな領域につながりました。
必要に迫られて知識を得る。知識を得たから新しい景色が見える。この循環を25年回し続けた結果、私は「生きのこる方法」ではなく「形が変わっていくエンジニアリングを楽しめるかどうか」が本質だと考えるに至りました。
本セッションでは、エンジニア歴25年・47歳の私が経験した技術変遷とキャリア変化を通じて、「生きのこる」ことの本質を考えます。
ガラケーのツールやミニゲーム開発に始まり、スマホゲーム、WebアプリのFE/BE/インフラと、扱う技術は次々に変わりました。しかし、どの時代も「システムを考えて実装する」という行為は同じでした。具体化に必要な知識領域が変わるだけで、その知識への興味は具体化しようとした時に自然と湧いてくるものでした。
開発リーダー、PMとキャリアが進む中で、ソフトウェア設計の原則を人間の組織にそのまま適用する過ちを犯しました。たとえばオブジェクト指向の「最小知識の原則(デメテルの法則)」をチーム間コミュニケーションに適用した結果、各チームが最小限のアウトプットだけを出す「社内外注」状態に陥り、対立が生まれました。システム思考は万能ではなく、対象が変われば「正解」も変わるという当たり前のことを、痛みをもって学びました。
PM時代の失敗に加え、プライベートでのFX大損という出来事が転機になりました。精神的ショックが頭痛・目眩・発汗・不眠といった身体症状として現れ、「人間の心はこんなに身体に影響するのか」と衝撃を受けました。この体験から人間の心理に強い興味が湧き、それが後に組織開発・チームビルディングへの関心につながっていきました。まさに「知識を得たから新しい景色が見えて、興味が湧く」循環の実例です。
25年を振り返って思うのは、「生きのこる方法」というハウツーは存在しないということです。技術は変わる。ポジションも変わる。でも「システムを考えて実装する」という軸は変わらず、具体的な知識は必要になった時についてくる。AI時代の今もそれは同じです。「いまから、ここから」新しい知識領域に踏み出せばいい。25年間それを繰り返してきた実感があります。結局のところ、形が変わっていくエンジニアリングそのものを楽しめるかどうか。それが、この先も生きのこるための唯一の本質ではないかと考えています。
想定聴衆: キャリアの方向性に迷っているエンジニア、技術変化やマネジメントへの転身に不安を感じている方、「自分はこの先やっていけるのか」と漠然とした不安を抱えている方。
得られるもの: 「特別な戦略がなくても生きのこれる」という安心感と、技術・ポジションが変わっても不変の軸があるという視点。また、ソフトウェア設計原則を人間組織に適用する際の具体的な落とし穴と、予期しない経験が新たなキャリアを開くという実例。
ガラケー時代からエンジニアとして働き、プラットフォームの世代交代を複数回経験してきました。その中で技術選択やキャリアの分岐点で悩んだことも、失敗して痛い思いをしたことも多々あります。しかし振り返ると、そのすべてが「形が変わるエンジニアリングを楽しむ」という一本の線でつながっていました。この実感を、同じように不安を感じている方に共有したいと思い、応募します。
つの 「一生エンジニアでいたい」と願うなら、まず現在の自分を一度捨てなければなりません。
成長することを、一皮剥けると表現をすることがありますが、エンジニアにとってもそのプロセスは必要不可欠です。過去の成功体験、積み上げたプライド、無理のきいた不健康な働き方。これらはかつて自分を守った「皮」ですが、時が経てば自分を締め付け、成長を阻む「牢獄」に変わります。
本セッションでは、フルリモートワークの開発組織でエンジニアリングマネージャーとして働く傍ら、地方でエンジニアコミュニティを主催している登壇者が、自身の「破壊と再生」のプロセスを共有します。執着を捨てる勇気と、その先に手に入れた健康・仲間・発信という新たな生存基盤。自分の中で凝り固まった古いOSを脱ぎ捨て、再び純粋な好奇心で未来を愉しむためのアップデートに必要なリブートの作法をお伝えします。
破壊 ── 古い皮を脱ぎ捨て、窒息を防ぐ
成長に伴う痛みは、脱皮のサインです。
再生 ── 新しいOSを構成する3つの基盤
破壊の後に必要なのは、持続可能な構造です。
結論 ── 空のカップに注がれる未来
すでに満たされたカップには、新しい茶は注げません。
過去の自分を破壊することは敗北ではありません。
それは「アップデート」です。
破壊と再生を繰り返すことで、エンジニアは年齢とともに劣化するのではなく、深化していきます。
chinoppy 発表概要
技術革新が激しく、生成系AIの台頭など未来への不安やわくわくがいり混じった現代。エンジニアはどう日々、進んでいくのがよいでしょうか?そのひとつの答えとして私が思うのは、外側のトレンドではなく「自分」の内側に目を向ける、そして自分で決めて行動すること。
本セッションでは、組み込みからWeb、そしてコーチングの経験を歩んできた私が、「自分のやりたいこと」を原動力に、主体的に進んでいくにはどうしたらよいかをお伝えします。
自分の「やりたいことをどうみつけていくか」や、日々の葛藤、辛さや顧客・チームメンバーなど周りとどう向き合うか、そして「学び続ける」ための自然体な向き合い方について、自身の知見を交えて共有します。 エンジニアにこだわらず、自分らしい人生を歩むためのヒントを一緒にみなさんと考える時間になればうれしいです!
発表の詳細
①導入:「自分」に矢印を向けていますか?
技術革新のスピード、生成AIの台頭、迫る納期。
私たちは常に「外側」のトレンドや正解を追いかけることに必死で、自分自身の内側に矢印を向けることを後回しにしていないでしょうか。
このセッションでは、生存戦略の起点を「自分」に置きます。
やるべきことや正解をいったん脇に置き、「自分はどうありたいのか」「何を大切にしたいのか」を考える時間にしたいと思います。
②自分に焦点をあてる:「やりたいこと」を探す
主体的に進むための原動力となるのが「やりたいこと」だと思います。
ただし、やりたいことは最初から明確にあるものではありません。探し続け、変化していくものです。だからこそ、「自分は何をやりたいのだろう」と問い続ける姿勢が大切です。
感情が高まる瞬間はありませんか。
何かに心が動いたとき、それは自分の大切な価値観に触れたサインかもしれません。ネガティブな感情も同じです。「なぜ自分は引っかかったのか」と問い直すことで、自分の輪郭が見えてきます。
また、自分にとって当たり前にできることを、他人から「すごい」と言われた経験はないでしょうか。日々自然に出ている行動や思考の中に、あなたの才能の種が眠っているかもしれません。
③周りと向き合う:葛藤の中で主体性を持つ
エンジニアの仕事は、顧客やチーム、バグやスケジュールとの葛藤の連続です。
顧客に対しては、「本当にそれが最善か」「本当に求めているものか」と自問し、ともに向かう先を考える姿勢。
チームに対しては、違和感を飲み込まず、敬意を持ちながら声に出す勇気。
障害が起きたときは、まず影響を最小限にし、その後チームで根本原因を探る姿勢。
予定通りに進まないスケジュールの中でも、どう行動を選ぶのか。
葛藤の中でこそ、自分の在り方が問われます。
④学び続ける:自然体で積み重ねる
最後に「学び」についてお話しします。
あなたにとって学びとは何でしょうか。会社に求められるから学ぶのか、自分の興味から学ぶのか。迷いながらでも、「これをやってみたいかも」と思える方向に一歩踏み出すことが、未来の自分への贈り物になります。
これを学べば一生安泰、という時代ではありません。
だからこそ、1日1日の小さな積み重ねが、いつか点と点をつなぎます。
そして、共に学ぶ仲間やコミュニティの存在。
何かをインプットし続けている状態そのものが、「この先もきっと大丈夫」という静かな安心感につながるのだと、私は感じています。
本セッションが、自分らしいエンジニア人生を考えるきっかけになれば幸いです。
想定する聴衆とその人たちが得られるもの
技術の変化やAIの進化に刺激や不安を感じながらも、「このままでいいのか?」と自分のキャリアや在り方を考え始めているエンジニア。
AI時代に振り回されないための「自分の軸」を見つめ直す時間になります。やりたいことの探し方、日々の葛藤との向き合い方、学びを積み重ねる考え方を持ち帰れます。
なぜこのトピックについて話したいのか
私はこれまで約20年、組み込み、メインフレーム、パッケージ、Web開発など、いろいろな現場を経験しました。ずっと「自分のやりたいこと」を軸に選んできましたが、正直、きれいなキャリアではありません。
そんな中で、コーチング、クリフトンストレングスやコンパッションの考え方、そしてコミュニティとのつながりに救われました。もしそれがなかったら・・・
今感じているのは、「自分を知ること」は技術力と同じくらい、いやそれ以上に強い“生存戦略”になるということです。
エンジニアは、可能性のある職業だと思っています。だからこそ、これまでの失敗や葛藤も含めて共有し、自分らしい未来を描くきっかけを届けたいと思い、このテーマでお話しします。
しかしLLM時代が到来した今、その「守りの技術」がAIコーディングツールを操る最強の武器へと一変しました。コーディングの実務経験が浅くても、的確な仕様化能力さえあれば、片手間の2週間で一人でプロダクトのプロトタイプを作り上げられる時代になったのです。
本セッションでは、キャリアの荒波を「半分信じて、半分疑う」精神でサバイブしてきた私が、旧来のSEスキルがAI時代にどう輝くのか、そして組織的バグを見極めて「戦略的に逃げる(損切りする)」ためのマインドシフトの極意をお話しします。
本セッションでは、以下の3つのテーマを軸に、明日から使える「生き残り方」をお伝えします。
① 「守りのドキュメント」が「最強のプロンプト」に変わるパラダイムシフト
私は長年、オフショア開発(中国、インド、ベトナム)のマネジメントや、属人化を防ぐため(=いつでも自分が引き継げる状態にして身を守るため)の仕様書作成に注力してきました。
しかし、LLM時代において「曖昧さを排除し、簡潔に仕様を定義する力」は、AIに精緻なコードを書かせるためのプロンプト技術へと昇華しました。自分自身で2週間でフルスタックのプロトタイプを完成させるに至った実践例を通し、これまでの「レガシー」と思われがちなSEのスキルがいかに大きな価値(攻めの武器)を持つかを示します。
② 組織の「構造的バグ」から速やかに離れる嗅覚
システム障害による徹夜対応よりも一番辛いのは、「組織構造や契約関係に起因する問題」です。
「ミーティングや承認ばかりで前へ進まない」「マネージャーが『君に期待する役割だよ』と丸投げする」「熱意よりも政治的理由で決まる」。これらは自分がどれだけ頑張っても解決できない「組織的バグ」のサインです。自分を守るためには、このサインをどう察知し、いかに速やかに「離れる(損切りする)」か。その明確な判断基準をお話しします。
③ Slackの「お辞儀」を「いいね!」に変えるマインドセット
元々は変化を嫌う性格でしたが、多国籍環境への転職で「英語」の持つ前向きなコミュニケーションに影響を受けました。日本のビジネスチャットで多用される「お辞儀」アイコンの同調圧力から抜け出し、ポジティブに「いいね!」と変化を受け入れるマインド。「半分信じて半分疑う(常にPlan Bを持つ)」というスタンスを持つことで、予期せぬ技術の波を「ピンチ」ではなく「チャンス」として乗りこなす方法を共有します。
【得られるもの】
臼井篤志 ①発表概要(400字程度)
私は組み込みソフトウェアエンジニアからAndroidアプリエンジニアにキャリアチェンジしました。プロダクトの「価値の提供方法」が、発売して終わりのハードウェアから、継続的なアップデートが前提のソフトウェアへと、時代とともに変化したからです。
組み込みソフトウェアとAndroidアプリはまったく異なる技術領域に見えるかもしれません。しかし、私がエンジニアとしてこだわりを持って取り組んできたことを振り返り、抽象化して共通点を探してみると、エンジニアとしての自分の「好き」なことが見えてきました。そして、この先も好きなことに取り組んでいけると思えるようになりました。
このセッションでは、プロダクトの価値の提供方法に焦点を当て、その変化に追従するために自分の「好き」を抽象化するステップを話します。そして、次の変化を見据えて、自分がどこで価値を出せるかを考えるためのヒントを提供します。
②発表の詳細(1000字程度)
私は以前、組み込みソフトウェアエンジニアとして音響機器のファームウェアを開発していました。ICのレジスタをたたいて思い通りにハードウェアを動かし、使いやすい製品を作ることに情熱を注いでいました。
エンジニアのキャリアを開始した当初は、まだハードウェアが価値の中心で、開発のゴールはリリースしてユーザーに買ってもらうことでした。
しかし価値の中心がWebやモバイルのソフトウェアに移動し、リリースはゴールではなくスタートになりました。ユーザーに価値を提供するために、ソフトウェアを継続的にアップデートすることが当たり前になりました。
そんな時代の変化に追従するため、私はAndroidアプリエンジニアにキャリアチェンジしました。
UIの開発が好きで、現在は本業のアプリ開発に加えて、OSSのUIライブラリを開発したり、UI開発に関する技術書を執筆したりしています。
しかし今また時代が変化しようとしています。AIが発展した5年後、10年後にAndroidエンジニアの仕事は存在しているでしょうか。人間用のUIの重要性が下がって、私の好きなUI開発の仕事も無くなってしまうのでしょうか?
そんな不安を乗り越えるために、これまでの世の中の変化と自分のキャリアを振り返り、これから起こる変化に向き合う戦略を立てました。
その時代にあった形で価値を提供し続けられる状態で居続ける
自分の好きを抽象化する
エンジニアに求められるスキルは、時代とともに抽象度が上がっていきます。それにあわせて、自分の「好き」の抽象度も上げていくことで、この先も自分が熱意を持って取り組める領域を見つけることができると考えています。みなさんも自分のこれまでの歩みを振り返り、自分の好きを抽象化して今後の武器に変えてみませんか?
③想定する聴衆とその人たちが得られるもの
想定する聴衆
得られるもの
④なぜあなたがこのトピックについて話すのか
私は自分自身のキャリアの中で、世の中に価値を提供できていないのではないか、このままエンジニアとして終わってしまうのではないかと悩んでいた期間がありました。試行錯誤の結果としてキャリアチェンジを実現し、いまはエンジニアとして充実した活動ができています。一度苦しみ、乗り越えた経験があるからこそ見つけることができた、私ならではの生きのこり戦略を共有できると考えています。
高橋健一 キャリアの節目にはいつも「信頼している人」がいました。憧れの人がいる会社に飛び込み、コミュニティで信頼する先輩の姿に惹かれて転職し、「あなたがやるべき」という提案を受けてマネジメントの道へ。どれも自分で計画したものではありません。
いま44歳。生成AIの台頭をはじめ、これまでとはまったく違うレベルの変化がエンジニアの世界に起きています。私自身、組織全体をAIエージェントと協働できる状態にする「Agent Ready」という構想に取り組んでいる最中です。40歳で技術責任者を引き受けたときは不安が8割でしたが、いまも変化の渦中にいます。
このトークでは、変化の激しい時代の中で「信頼している人の提案に乗る」ことでキャリアを切り拓いてきた経験と、いまその渦中で考えていることをお話しします。
まず、私のキャリアの転機をふりかえります。学生時代に憧れた人がいる会社に入り、Rubyとアジャイルのコミュニティでたくさんのよい出会いがありました。その中で信頼する方々が楽しそうに働いている姿を見てGMOペパボに転職、マネジメント職への抜擢、40歳での技術責任者就任と、いずれも信頼している人からの提案がきっかけでした。
次に、「信頼できる人にどう出会うのか」について話します。これは運ではなく、再現可能なプロセスだと考えています。コミュニティに出ることで相手のアウトプットや考え方を先に知れること。同じ現場で日常の判断の積み重ねを観察する中で信頼が醸成されること。そして自分自身がアウトプットし責任を引き受けることで、今度は自分に提案が届く側になること。この3つの循環が信頼の基盤になっています。
そして、いまの挑戦について話します。生成AIの台頭によって、エンジニアの働き方そのものが問い直されています。私自身、2023年から全社での生成AI活用を推進し、2026年のいまは「Agent Ready」——組織全体がAIエージェントと協働できる状態への転換に取り組んでいます。44歳になったいまも、信頼する人たちとの対話の中から生まれた新しい提案に乗り続けています。
最後に、これらの経験を踏まえて「流れに乗るための準備」を整理します。外に出ること、観察すること、信頼される側になること、そして提案が来たら不安でもまず乗ってみること。計画通りにいかないキャリアの中でも、この循環を回し続けることが「いまから、ここから」未来をつくる方法だと伝えます。
キャリアの方向性に漠然とした不安を持つ20代〜30代のエンジニアを主な対象としています。「何を学ぶべきか」「次にどこへ行くべきか」を自分で計画しなければならないというプレッシャーを感じている方に、計画とは違うキャリアの作り方があることを知ってもらえます。また、信頼できる人との関係をどう築くかという具体的な行動指針を持ち帰れます。
受託開発を生業としている企業からWeb系への転職、ICからマネジメントへの転向、組織の責任者へ、そしていまAgent Readyという新たな組織変革への挑戦。すべてが信頼する人の提案から始まりました。計画的にキャリアを設計したのではなく、信頼の循環に乗り続けた結果としていまここにいます。この「流れに乗る」というアプローチを、まさにいま実践し続けている当事者として話したいと考えています。
DPon 私はいわゆるスペシャリストと呼ばれるタイプでも、最新の技術を即座にキャッチアップするアーリーアダプターのようなタイプでもありません。
むしろ、自分はなぜこんなに出来ないのだろうと感じ続けてきたエンジニアです。
そういった卑下はありつつ不思議なもので、40歳を迎えた現在でもプレイングマネージャーとして仕事はいただけてる状態でなんとか生きのこっています。
そんなどこにでもいる私がなぜ生きのこれているのかを考えてみると、常々ギリギリのタイミングではあったかなと思うのですが、
「このままではヤバい」となんとか動いてもがいてサバイブしてきたということに気づきました。
明確なキャリアプランがあったわけではありません。
業界の変化、働き方の限界、自身の成長停滞。
そのたびにギリギリで方向転換し、ジタバタしながら生き延びてきました。
本発表では、計画的なキャリア設計ではなく、危機を検知し、致命傷になる前に動いてきた私の嗅覚と行動パターンを共有します。
同じように焦りながらも動けずにいる方に、
「ギリギリでも動けば生きのこれる」という一つの選択肢を届けられればと思います。
中学校は不登校、卒業してからフリーター。
そんな自分が同世代の子たちをみて、何を思い高校にいきなおし社会人になるに至ったのか。
晴れて就職。小さいころから好きだったTVゲームという憧れの業界でプログラマ。
しかし時は2009年。前年末にはリーマンショックという大事件。
毎月見せられたキャッシュフロー。
コンシューマゲームの売上が不調な中、自分はどう行動していたのか。
世はスマートフォン向けソーシャルゲーム時代。
弊社でも開発。誰もやったことないサーバーサイド。
作りが悪く、負荷集中。
メンタル崩壊からの初転職。
予想外の方向からの金銭トラブル巻き込み案件。
銭を失う恐怖。自身の価値観、キャリアに大きく影響を与えた大事件。
事件も落ち着き、バックエンドもだいぶ板についてきた。
いよいよ誕生、第一子。
そんな中プロジェクトは絶賛デスマーチ。
子が起きる前に出勤、帰ったら寝てる、そんな日々。
そうこうしてればコロナの緊急事態宣言。働き方も大変化。
カウンセリングで身につけたメンタルのオブザーバビリティ。
ストレッサーでログをとって自分を修復。
メタ認知も向上して、いざ自分を救う大転職。
転職1年半、そろそろ活躍しないとね。
社内賞発表。自分の名前はナッシング。
はてさて30代も後半、このままの自分はどうなるのか。
焦りから始まる、自分磨きのアウトプット大促進時代
もうすぐ40も見えてきた。
観測範囲の近しい年齢の人はみーんな管理職やってる。
やってないのお前だけ。
どうする、どうするよオレ。
来年自分の仕事は果たしてあるのか!?
ヤバすぎる進化のスピードに振り落とされないために、何する?どうする?
昔の自分を救いたいんじゃないかなと思います。
色々躓いてなんとか生きてるんですが、やはりだいぶ遠回りをしてきたなと感じる部分も非常に多いです。
ギリギリでも生きてはこれてきましたが、早いにこしたことはないと思う場面も多々あります。
自分と同じような苦しみは出来れば避けて、人生の幸福な時間の密度を少しでも高める一助にならないかなという気持ちです。
HISAHIRO TSUKAMOTO この一年で、エージェントがさらに多くのコードを書くようになり、その割合はGitHub Copilot Statisticsによると50%近くになりました。当然の流れかもしれませんが「エンジニアがこの先生きのこるためにどうしたらいいか」の議論はさらに加速しているように見えます。
この状況だからこそ、私は「生き残ることを考えることに意味はない」と言い切ります。我々が憧れるような世の中を変えてきた技術はすべからく、「自身が生き残れるかどうか」とは真逆の観点から生まれてきました。それゆえになおさらエンジニアリングにはワクワクさせられるし、より知的に深く探求したくなるというものです。
生存戦略を語る気はさらさら無く、カンファレンスそのものを真っ向から否定するような内容を投げかけますが、この発表によりむしろカンファレンスの視座を一段引き上げることができ、参加者の認知資源配分の最適化に一役買えるはずです。
「エンジニアが生き残る」というコンテキストの中にはいくつかの問いが含まれています。
既にお気づきかと思いますが、我々エンジニアが普段とても嫌っている、サイロ思考や局所最適、視野狭窄の影が見えます。もしかすると生存を脅かされることで、これらの罠に嵌ってしまっているのかもしれません。エンジニアリングからの微妙な逸脱の始まりです。
気づいたら、他者を競争相手と見なし、短期的に有利そうなスキルへ飛びつき、価値創造への集中力を失っている。技術は好奇心の対象ではなくなっている。
長い人類史を見ればわかるように、生存のための行動は短期適応であり、その勢力に抗ってコトを成し遂げてきた人が科学者であり、技術者でした。いま話している「エンジニアとして生き残ること」はどっちを指すのでしょうか?
問題を構造化し、制約の中でよりよい解を探り、他者と協働しながら価値を実装していく営みがエンジニアリングです。未来のポジションに不安を感じるのなら、むしろその不安をもたらす課題を深く理解し、より良い構造を作ろうとする行為に向かえばよいのではないか。 なんなら、ひょっとすると、そんな問題は最初から存在せず、虚構により防衛本能を刺激され、それによる心理的揺さぶりを利用されているだけかもしれません。少なくともエンジニアは怯えながらやるもんじゃない。楽しく課題解決をできるから続けてきてるんじゃなかったっけ?
本セッションでは、不安や恐怖に駆動されるキャリア思考がもたらす副作用を整理し、エンジニアリングの本質に立ち戻る視点を提示します。また昨今の「エンジニアはビジネスについて考えるべき」論への全肯定傾向にも警鐘を鳴らします。その後、最初の問いに立ち返っていくことで、聴いた方たちの霧が晴れていくことを目的としています。
私が大学でソフトウェア工学を学んでいた頃や、エンジニアとして仕事を始めた頃と比べると、確実にソフトウェアエンジニアの裾野は広がっていると感じます。そして、ソフトウェアエンジニアの絶対数が増えることは社会にとって有益であり、多くの可能性を秘めているという確信があります。それなのに、先を見ずに、足元のことばかり気にしている論調に身悶えしています。
もちろん人間には損失回避バイアスがあるので、どうしても不安に目がいきがちになるところはある。しかし、それを逆手にとってエンジニアの不安を無闇矢鱈に煽ることで自分たちの利益に転換するような喧伝に対しては真っ向から斬りあいたい。
近藤 賢志 転職とはキャリアアップである。
少なくとも、そう説明されることが多い。
エンジニアの世界では、「上に行く」ことが成長の証として語られてきた。
シニア、スタッフ、プリンシパル、そしてCTO。
しかしキャリアを重ねるにつれて、誰もがどこかで限界や天井の感覚と向き合うことになる。
それは本当に能力の問題なのだろうか。
努力で越えられる壁なのだろうか。
あるいは、運・機会・タイミングという別の要素なのか。
本セッションでは、転職活動を通じて見えてきた市場評価と自己評価のズレ、肩書きと実態の乖離、そして人生100年時代におけるキャリア観の誤解を軸に、
「諦め」を敗北ではなく再定義の契機として捉え、
「成熟」という別の視点からキャリアを問い直す。
多くのエンジニアは、キャリアを階段のように捉えがちです。経験を積み、スキルを磨き、より上位のポジションへ到達する。その延長線上にCTOやVPoEといった役職がある──少なくとも、そう説明されることが多い。この構図はあまりにも自然に共有され、疑う機会が少ないまま、私たちのキャリア観の土台になってきました。
しかし、転職市場や組織の現実は、その物語をいつも綺麗には支持しません。役職や評価は能力だけで決まるものではなく、企業のフェーズ、期待される役割、偶発的な機会、そしてタイミングに左右されます。努力は重要ですが、努力だけで同じ到達点に辿り着けるわけではありません。この不確実性は、スポーツ選手やアーティストのキャリアにも似ています。実力だけでは語れない要素が、確かに存在します。
さらに「人生100年時代」という言葉が、この幻想を静かに補強しているようにも見えます。就労期間が伸びる可能性はあっても、キャリアサイクルそのものが同じ割合で延長されるわけではありません。出世トラックの時間構造や、リーダー職に求められる適合条件が劇的に変わるわけでもない。むしろ伸びているのは、キャリアの“後”なのかもしれません。
そして自分を含め多くの人は、必ずしもトップになれないと悟った時に、どのように振る舞うべきなのかという問いと向き合うことになります。
「なれなかった自分」は失敗なのでしょうか。本セッションでは、市場評価と自己評価のズレ、能力神話の解体、肩書きと実態の乖離といった構造を丁寧に分解しながら、「諦め」を敗北ではなく再定義の契機として捉え直します。そして「成熟」という別のキャリアモデル──上昇の物語ではなく、役割と価値を更新していく物語──を提示します。
本セッションは成功論ではありません。むしろキャリアに潜む暗黙の前提をほどき、自分自身の評価軸を再設計するための思考材料を共有する試みです。
想定する聴衆
・30代以降のエンジニア
・キャリアの方向性や成長の定義に迷いを感じている人
・転職、評価、役職に対して葛藤や違和感を抱えている人
・キャリアアップという言葉に、うっすら疑問を持ち始めた人
・「このままでよいのか?」という感覚をどこかで経験した人
聴衆が得られるもの
・キャリアラダーや「上昇モデル」を相対化する視点
・市場評価と自己評価がズレる構造の理解
・能力だけでは語れないキャリア要因(役割適合・運・タイミング)の認識
・限界や天井意識と向き合うための思考フレーム
・「諦め」を敗北ではなく再定義として捉える視点
・「成熟」という別のキャリアモデルへの気づき
私はキャリアの後半に差し掛かってから転職を経験し、その過程で自己評価と市場評価のズレ、期待される役割と実際の評価の不一致と向き合ってきました。技術的実績やマネジメント経験があっても、それだけでは説明しきれない評価構造の存在を実感しています。また「限界」や「天井」といった感覚は、特定の世代だけの問題ではなく、多くのエンジニアがいずれ直面し得る普遍的なテーマでもあります。本発表は個人的な経験を出発点としながら、キャリアに潜む構造的な前提や暗黙の物語を言語化する試みです。キャリアを上昇の物語だけで語らないための視点を共有したいと考えています。
nobiinu ①発表概要(400字程度)
AIがコードを書く時代になりました。若手開発者がAIと組んで驚くほど速くソフトウェアを作れるようになった一方で、「速く作れること」と「正しいものを作れること」は別の能力です。
私はアジャイルに20年近く向き合い続けてきました。バリバリの実践者というよりは、長期プロジェクトの支援や研修の企画・運営を通じて、多くの実践者の言葉を鍋に入れてきた側です。いつしかエンジニアとしてコードを書くことは諦めていました。ところが生成AIと出会い、「AIと一緒ならもう一度エンジニアを目指せるかもしれない」とドタバタし始めた結果、AIの出力を鵜呑みにして品質を失い、逆に力みすぎて目的を見失う、という両方の失敗を経験しました。
その試行錯誤の中で気づいたのは、歩幅の調節、探究、対話、技術的卓越、規律と自由──私がアジャイルから学んできたことが、AI時代にもそのまま効くということです。
本セッションでは、20年分の鍋の中身がAI時代にどう繋がったかを語り、若手開発者の育成研修コンセプトとして言語化した過程を共有します。先輩世代の経験が、これからの開発者にどう届きうるかを一緒に考えたいです。
▪️話すこと
まず自分のことを話します。研修の企画・運営やプロジェクト支援が中心になり、いつの間にかコードを書くことを諦めていました。ところが生成AIと出会い、「これなら自分にもまたコードが書けるかもしれない」と歩き始めました。AIに任せたら「すごい、でも自分が何をしたのか分からない」。制御しようとしすぎて手段と目的が入れ替わる。諦めていた人間が再挑戦したからこその、素直な失敗を共有します。
次に、その失敗から見えてきた「AI時代に開発者が担う3つの役割」を紹介します。何を作るべきかを宣言する「始める」、成果物に責任を持つ「引き受ける」、AIが安全に動ける開発基盤を育て続ける「整える」。AIは「作る」を担えるようになったが、この3つは人間の仕事であるという考え方です。
そして、この3つの役割を支える5つの能力──探究・対話・技術的卓越・規律・自由──がアジャイルの実践知とどう繋がっているかを示します。
話すこと
まず自分自身の話から始めます。研修の企画・運営やプロジェクト支援が中心になり、いつの間にかコードを書くことを諦めていました。ところが生成AIと出会い、「これなら自分にもまたコードが書けるかもしれない」と歩き始めました。AIに任せたら「すごい、でも自分が何をしたのか分からない」。制御しようとしすぎて手段と目的が入れ替わる。諦めていた人間が再挑戦したからこその、素直な失敗を共有します。
次に、その失敗から見えてきた「AI時代に開発者が担う3つの役割」を紹介します。何を作るべきかを宣言する「始める」、成果物に責任を持つ「引き受ける」、AIが安全に動ける開発基盤を育て続ける「整える」。AIは「作る」を担えるようになったが、この3つは人間の仕事であるという考え方です。
そして、この3つの役割を支える5つの能力──探究・対話・技術的卓越・規律・自由──がアジャイルの実践知とどう繋がっているかを示します。歩幅の調節はTDDから、帽子のかぶり分けはKent Beckから、「はやめに・こまめに」は角谷信太郎氏から、伴走と委託は和田卓人氏から。プロジェクト支援や研修運営の中で間近に見た判断や言葉も含めて、20年かけて鍋に入れてきたものが、「AIとの協働で人間がすべきこと」を考えた時にひとつにまとまりました。
最後に、これを若手育成の研修コンセプトとしてまとめた経緯を共有します。
話さないこと
∙特定のAIツールの使い方やプロンプトエンジニアリングのテクニック
∙AI技術そのものの解説
∙完成した研修プログラムの紹介
③想定する聴衆とその人たちが得られるもの
想定する聴衆
∙コードを書くことから離れ、エンジニアとしての自分を諦めかけているベテラン
∙AI時代に自分のスキルや経験がどう活きるのか不安を感じているエンジニア
∙若手にAIとの付き合い方をどう教えればいいか悩んでいるリーダー・マネージャー
得られるもの
∙「アジャイル実践者たちの知見はAI時代にも有効である」という実感と具体的な接続点
∙「諦めかけていたけど、まだやれるかもしれない」という前向きな気持ち
④なぜあなたがこのトピックについて話すのか
歳をとり次に渡すことができるものはなんだろうと考えた時、偉大な習慣を身につけた開発者、あの姿ではないかと思いました。開発者不要という話題も出てくる中で不安を持つ同世代の方や、これからAIと歩見続ける若い世代の方と、この先も開発者として続けていくためにどうすれば良いか、一緒に考えることができればと思います。
杉山貴章 IT業界では、数年前の常識があっという間に時代遅れになります。「周囲の会話についていけない」「情報収集はしているのに活かせていない」、こういった状況を放置した先は、エンジニアとしての静かな"詰み"が待っています。
そのような未来を避けるためには、継続的に最新の技術情報をキャッチアップし続けるしかありません。キャッチアップは単なる情報収集にとどまらない、エンジニアとして長くキャリアを続けるための生存戦略です。信頼できる情報を集め、整理し、自分のものとして吸収していかなければなりません。そこに必要なのは努力や気合ではなく、日常的に続けることができる確かな「仕組み」です。
本セッションでは、IT業界で25年以上にわたって技術ライターとして最新情報の発信を続けてきた経験をもとに、エンジニアが変化の波に乗り続けるためのキャッチアップ戦略をお伝えします。
IT業界の変化のスピードは、他の業界と比べても際立っています。この10数年だけでも、クラウド、コンテナ技術、サーバーレス、ローコード/ノーコード、そして生成AIと、次々と新しい技術が登場し、そのたびに「知らないと乗り遅れる」というプレッシャーを感じてきたエンジニアは多いはずです。
しかし、すべての技術を完璧に追い続けることは現実的ではありません。大切なのは、必要な情報を効率よく取り入れ、学び続ける仕組みを自分の中に作ることです。セッションでは、私自身が長年実践してきたキャッチアップ術を、インプット/フィルタリング/アウトプットの3つのステップに整理して紹介します。
さて、情報のキャッチアップを続ける上でAIはどのような位置付けになるでしょうか。上記の3ステップを実践する上でAIは非常に強力な武器になります。知らない技術の概要を素早く把握したり、情報を整理する補助ツールとして活用することで、キャッチアップの効率は大きく上がります。
しかし見方を変えれば、キャッチアップ術を持つことこそが、実はAIを効果的に活用する上で大きなアドバンテージにもなるのです。「何が自分に必要か」「この情報が信頼できるか」を判断する軸は、日頃からキャッチアップを続けてきたエンジニア自身の中にしか育ちません。「どうせAIが教えてくれる」という姿勢に潜むリスクについても考えるべきポイントです。
セッションでは自分なりのキャッチアップ術を構築するポイントに加えて、キャッチアップがうまく続けられないケースやその対策などについてもお話しします。継続のための仕組みをどう作るか、そのヒントを持ち帰っていただきたいと思います。
カンファレンスの場や日常的なコミュニティ活動を通じて、多くのエンジニアとも言葉を交わす中で繰り返し耳にするのが、「技術の進化が速すぎてついていけない」「何を学べばいいかわからなくなってきた」といった声です。こうした悩みは、キャリアの浅いエンジニアだけでなく、10年以上の経験を持つベテランからも聞かれます。技術のキャッチアップに対する不安は、エンジニアのキャリアのあらゆるステージに共通する課題だと実感しています。
私はエンジニアとして現役でシステム開発に携わるかたわら、書籍や雑誌連載、ブログ、イベント登壇など、さまざまな形で技術情報を発信し続ける中で、自分なりの情報収集の方法を磨いてきました。技術ライターとして私が取り上げてきた題材は、特定の専門技術だけでなく、日々のITニュースや、ツールの使い方、サービスのレビュー、エンジニアのキャリアや働き方など多岐にわたります。その経験を通じて培ってきたノウハウは、エンジニアとしての生きのこりを掛ける多くの人にも役立つものだと考えています。
大学で就職活動をしていたころ、多くの同級生が有名企業を選ぶ中、私はあえて周りが選ばない独立系SIerを選びました。理由は、「有名な会社であること」よりも「プログラミングがしたい」という自分のやりたいことを優先したかったからです。
その後も、事業会社の内製開発組織、そして組織づくりに深く関わる現在の会社へと、3社を渡り歩いてきましたが、一貫して大事にしてきたのは「自分は何に時間を使いたいのか」と「その時間の使い方でどう貢献できるのか」という問いでした。
本セッションでは、3社それぞれのロールでの経験を振り返りながら、会社やロールを選ぶ際にどのような軸で判断してきたのか、社会的な評価や条件とどう折り合いをつけてきたのかを率直に共有します。
「人生の半分は仕事に費やすなら、楽しくないともったいない」と考え、会社の“名前”ではなく、自分のやりたいことと貢献のイメージでキャリアを選んできたプロセスが、これからエンジニアの皆さんが生きのこるためのヒントになれば幸いです。
就職率の高い大学で、多くの同級生が有名企業に進む中、「本当に自分は何をやりたいのか」を起点に会社選びをしたエピソードを紹介します。
「会社の名前」「待遇」「安定」といった分かりやすい指標ではなく、「自分の時間を何に使いたいか」を軸にするとはどういうことか、本セッション全体の問いを提示します。
「プログラミングがしたい」というシンプルな動機から、周りが知らなかった独立系SIerを選んだ背景をお話しします。
有名企業に進めば、若いうちからプロジェクトマネジメントなど上流を任される可能性もあった中で、選んだ道は間違っていなかったのか?
そして入社後にどのように考えながらプログラマ→SE→PMというキャリアを歩み生きのこったのかを共有したいと思います。
1社目で事業会社のお客様と関わる中で、「もっと事業に近いところで開発したい」と感じるようになり、2社目に事業会社の内製開発組織を選んだ経緯をお話します。
2社目では内製開発組織のスクラムマスターというポジションで働いていました。
エンジニアリングから離れ、事業会社の中でどのように生きのこったのかをお伝えしたいと思います。
事業会社での経験を通じて、プロダクトやコードだけでなく、「組織のあり方」が事業や個々のエンジニアに与える影響の大きさを実感したことを振り返ります。
「組織というものに大きく関わりたい」という新しい「やりたいこと」が生まれた経緯と、その想いから現在の会社を選んだ理由をお話しします。
拠点立ち上げやマネジメントといったロールを通じて、「人や組織を通じて価値を生み出す」という今の自分のやりたいことに近づいている感覚を共有します。
キャリアを振り返ったとき、やりたいことを選びながらも生きのこってこれた考えを整理します。
色々な場面での考え方を共有しながら、1つでも「これなら!」と共感いただけるものがあれば嬉しいです。
きのこカンファレンスのテーマである「エンジニアが生きのこる」を見たとき、テクノロジーの話だけでなく、こうしたキャリアの選び方やそのときの考え方をあまり聞く機会は多くないのではと感じました。特にAIが登場し大きな変化を遂げようとしている業界に生きるエンジニアにとって、「自分は何をやりたいのか」を言語化し、会社の名前や周りの空気に流されすぎずに選択することは、生きのこるための重要なスキルだと思います。
自分自身が迷いながらも選んできたプロセスを共有することで、同じように悩んでいる誰かが少しだけ楽になったり、一歩踏み出すきっかけになればと思い、このトピックで応募しました。
安藤大輔 40代で6人のVertical SaaSスタートアップに1人目エンジニアとして飛び込み、プロダクトの再構築と開発組織づくりを担っています。
若い頃はスペシャリスト志向で、「できるだけ長く技術に触れていたい」と考えていました。そんな自分が、組織と技術の両方に向き合う立場を選んだのは、生き残るためではなく、一番面白そうだったからです。
社会貢献性の高い領域での挑戦、PMF済みプロダクトを10年保守できる設計へと再構築する技術チャレンジ、大きな裁量と責任。
不安もありましたが、それ以上にワクワクが勝ちました。本トークでは、40代で飛び込んだ当事者として、変化の激しい時代にエンジニアが持ち続けたい姿勢についてお話します。
若い頃の私は、典型的なスペシャリスト志向のエンジニアでした。
技術に触れていること、深掘りすることが好きで、マネジメントは全く興味がなく「できるだけ長く技術に触れていたい」と思っていました。
そんな自分が40代で選んだのは、6人のVertical SaaSスタートアップに1人目エンジニアとして参画するという挑戦でした。
プロダクトはPMFがある程度検証されている一方、技術的負債や構造的な限界も抱えている状態。そこからプロダクトを再設計し、10年保守できる基盤を作り直す。
そして同時に、完全内製化しスケールする開発組織の土台を設計する。責任も裁量も大きい環境でした。
もちろん不安も大きかったです。自分の能力がプロダクトや組織のキャップになってしまうのではないか、という恐れはありました。
一方、それ以上に強かったのは「面白い」という感覚でした。
社会的意義のある領域で大きな価値を出せること、事業と技術の両面からその構造を作り直せること、そしてゼロに近い状態から未来を設計できること。そのワクワクが、不安を上回りました。
振り返ってみると、「生き残るための戦略」というより、「面白い方を選び続けた結果」だったのだと思います。
AIの進化や技術の変化が加速する現在、個別のスキルの寿命はどんどん短くなっています。
しかし、好奇心を持ち続けること、変化を素直に受け入れること、自分の役割を固定しないこと。これらは時代が変わっても価値を失いません。
本トークでは、40代で挑戦の渦中にいる当事者として、キャリアを積み上げではなくチャレンジと捉える視点、そして若い頃の自分に伝えたいメッセージを共有します。
年齢に関係なく、面白いと感じた方へチャレンジし続けられる人が、この先も生き残るのではないか、と考えています。
私は現在進行形で、40代でのチャレンジの渦中にいるため、成功事例としではなく挑戦中の当事者として語ることができます。
若い頃はマネジメントには距離を置いていましたが、今は開発統括責任者として、経営と技術の両方に向き合っています。
理論ではなく、実際に不安とワクワクの両方を抱えながら意思決定し続けており、「完成されたキャリア」ではなく、「変化の途中にあるキャリア」を共有できることが、今の時代に価値があると考えています。
MakKi エンジニアとして長く生きのこるためには、時代や環境の変化に左右されにくい「基礎となる技術の柱」を持つことが重要です。
AIの普及によりアプリケーションコードは高速に生成・破棄を繰り返す"消耗品"へと変わりつつありますが、
データとスキーマは依然としてプロダクトの根幹であり、設計変更のコストも大きく長寿命のままです。
その基盤を支えるSQLは、方言の違いこそあれ基本構文はほぼ変わらず、技術寿命の観点でも安定した汎用性の高い言語です。
本セッションでは、AIがORMやDSLよりも生SQLを得意とする背景、最適なスキーマやクエリ設計にSQLの理解が不可欠であること、そして実際の現場でSQLが品質や障害対応に直結した経験を紹介します。
また、SQLの弱点であるテストや型サポートを補う手法や、日常作業でSQLを活用する事例も提示します。
AIとデータが中心となるこれからの時代に向けて、「今こそSQLに立ち返る」具体的な技術的指針を提供します。
エンジニアとして長くキャリアを続けるには、時代や環境に左右されにくい「基礎技術の柱」を持つことが重要です。AI生成コードが一般化し、アプリケーションコードはますます使い捨てに近づいています。一方で、データ構造やスキーマはプロダクトの根幹として長寿命であり、設計の誤りは長く残って柔軟性や性能を制約します。この「長寿命レイヤー」を扱う基盤技術として、SQLの価値が改めて高まっています。
SQLの歴史は長く、方言はあれど基本構文やデータモデルは大きく変わりません。そのため学習データが膨大で、さらに構文が英語に近いため自然言語モデルとの親和性が高く、AIにとってはORMやDSLより生SQLのほうが曖昧さが少なく扱いやすい言語です。AIがコードを書く時代では、人間は「生成されたSQLの妥当性を評価できる力」がより重要になります。
本セッションでは、私がモバイルオンラインゲームのバックエンドを担当してきた中で、SQLの理解が問題解決に直結した事例を紹介します。リリース直後にDB負荷が急増した際にはオンラインでのインデックス追加を行いましたが、ロックの影響やクエリ特性の変化を判断するにはSQLの知識が不可欠でした。また、単一レコードに書き込みが集中する仕様をクエリの工夫で解決した事例などもありました。
次に、SQLの弱点とされる「テストしづらさ」「型の薄さ」への対処法も示します。Dockerにより複数DBを容易に立てられるようになり、Go言語ではMySQL互換のインプロセスDB(go-mysql-server)などを使ってクエリ自体をユニットテストできます。また、sqlcのようにSQLから型安全なコードを生成するツールにより型サポートを補うこともできますし、AIにクエリとモデルを同時生成させる開発フローも実用段階にあります。
さらに、日常的な開発でもSQLは強力です。データ集計や検証は依然としてSQLが効率的であり、インプロセスDBを組み込んだGo製CLIを作ってみたところ環境依存も少なく扱いやすいという体験を得られました。また、SQLとは異なりますが.NETのLINQのようにSQL的操作モデルが長年支持されている点も、データ操作としての普遍性を示しています。
AIによってアプリケーションが高速に流動化する今こそ、変わらない基盤技術としてSQLに立ち返る、その具体的な技術的視点を提示します。
自身の強みとなる技術を確立したい人やAI時代にどんな技術を学ぶべきか迷っている人
技術の寿命から考えるという視点と、SQLという現実的な選択肢
長年モバイルオンラインゲーム(ソーシャルゲーム、スマホゲーム)のバックエンド開発に携わり、様々な技術や障害に触れてきたなかで、データベースとSQLの重要性を実感してきました。
AIが普及してきたこれからの時代では、さらにSQLの重要性が増していると感じています。そんな時代だからこそ、これからに向けてSQLに立ち返るという視点を多くのエンジニアに共有したいと考えています。
伊藤いづみ ①発表概要(400字程度)
「水を運ぶ人」という言葉があります。サッカー日本代表監督だったオシム氏が献身的に走ってパスをつなぐような「目立たないけれどチームを支えている選手」を称えて使った表現です。
私は今チームのリーダーをしていますが、自分は率先して得点を決めるような目立つポジションでもなければ、これだけは絶対に負けないという尖った強みをもっているスター選手でもありません。
そんな自分のリーダーとしてのスタイルが「水を運ぶ人」でした。
優秀なメンバーが活躍するには、裏で潤滑油となり支える役割が必要です。本セッションでは、目立たないリーダーシップの価値と、「得意なことがない」と感じる人が担える尊い役割についてお話しします。
②発表の詳細(1000字程度)
本発表では、「年齢のわりに得意なことがない」と感じている人が、それをコンプレックスではなく、ひとつのリーダーシップスタイルとしてどうチームに貢献できるのかをオシム監督の「水を運ぶ人」という言葉を軸に考えます。
【リーダー像への違和感】
チームで目立つのは「先頭に立って引っ張る人」「点を決める人」のような華々しい存在であり、「リーダー」と聞くとこのような人物像が想起されます。
自分はこういうタイプではなく、「得意なことを見つけましょう」と言われるたびに違和感を感じていました。
【「水を運ぶ人」という言葉との出会い】
転機となったのが、オシム監督の言葉「水を運ぶ人」でした。
(自分は「サッカー全くわからん勢」で、むしろこの言葉をきっかけにオシム監督の存在を知ったようなものです。)
もともとは戦時下で命を守るために働く尊い人を指す言葉ですが、オシム監督は「目立たないが献身的にチームを支える人」への称賛としてこの言葉を使っていました。
花形選手でなくてもチームに貢献できることがあり、それが実はチームをチームたらしめるために重要であるということに気づきました
【自分が目指したリーダーシップ】
「自分が点を決めるのではなく、点を決められる状態をつくる」
「調整、支援、裏方、地味な仕事を引き受けることでチームを前に進める」
現在チームのリーダーを務める中で、私は「水を運ぶ人」のようなリーダー像を目指すようになりました。
優秀な人だけを集めたチームが最強なのではなく、潤滑油という「つなぐ存在」があることでチームは力を発揮できるものだと気づきました。
つなぐ存在として自分が磨いたスキルは観察力、傾聴力、対話力、そして地味な作業を楽しむ力です。
【「得意なことがない」人にこそある役割】
最後に、「得意なことがない」と感じる人へのメッセージを提示します。
尖った強みがない=価値がない、ではありません。全員がスターである必要はないのです。
そして水を運ぶことは立派な才能です。それは地味ですが尊いリーダーシップだと思います。
自分と同じように感じている人がいるのであれば、支えるリーダーシップを磨いてみてはどうでしょう。
この発表を通じて、目立つリーダー像に馴染めない人が、「水を運ぶ人」としての役割を肯定し、自分なりのリーダーシップを見つけるきっかけになれば幸いです。
③想定する聴衆とその人たちが得られるもの
想定する聴衆
・年齢の割に自分には強みがないと感じている人
・組織やコミュニティの「支える役割」に関心がある人
得られるもの
・個人ではなくチームで成果を出していくリーダーシップ
・「得意なことがない」ことを肯定的にとらえる観点
・「水を運ぶ」ために必要なスキル
④なぜあなたがこのトピックについて話すのか
40歳を越えるとリーダーやマネージャーという役職につくことが多くなりますが、同時に「得意なことを身につけるとよいですよ」「あなたの強みはなんですか」ということを問われることが多くありました。自分はこの質問を受けるたびに違和感を感じていました。
同時に得意なことがこれだと言えない自分、強みをアピールできない自分がダメなように感じることがありました。
しかしリーダーシップにもいろんなスタイルがあること、活躍するべき人が存分に力を発揮できるよう裏で水を運び続けるような目立たない活動が、自分の得意領域だということに気づきました。
同じように「得意なことがない」と感じる人へ「水を運ぶ人」という言葉に救われ、このリーダーシップを実践してきた当事者としての経験を伝えたいと思います
大澤文孝 前回の「きのこる2025」では、生き残るための勉強法についてお話しました。
今回は、前回お話しきれなかった、「居場所の見つけ方と、将来の不安の克服」についてお話したいと考えています。
①発表概要(400字程度)
「あなたにしかできないことを見つけよう」──キャリア論でよく聞く言葉です。でも、それは本当に必要でしょうか?
私はフリーランスとして30年近く、開発・執筆・講演まで(そしてときには作曲、電子工作、DTPなども)「なんでもやる人」として生きてきました。
著書は100冊以上。扱う技術も多岐にわたりますが、どの分野でも、もっと詳しい人はいます。それでも仕事の依頼は続いています。なぜか。
本セッションでは、専門特化とは違う道を歩んできた私が、どのようにして自分の居場所を作ってきたかをお話しします。
②発表の詳細(1000字程度)
エンジニアのキャリア論では「強みを見つけろ」「専門性を磨け」とよく言われます。でも、キャリアの形はそれだけではありません。本発表では、「一つに絞らず、いろいろやってきた人間が、どうやって30年近くこの業界で居場所を作ってきたか」という話をします。
・なぜ「なんでもやる人」に仕事が来るのか
私に仕事が来る理由は、技術力だけではありません。発注する側の立場に立つと、「誰に頼むか」を決める基準は意外と多様です。専門性の高さだけで選ばれるわけではない。この構造を理解すると、自分の見せ方・売り込み方が変わってきます。仕事を依頼する側の視点から、「選ばれる条件」についてお話しします。
・「できること」を増やす技術
開発、執筆、講演など、なぜこんなに手を広げられたのか。新しい分野に踏み出すとき、私がやっていることは実はシンプルで「型」を見つけること。型を見抜くための「観察」とは何か。自分の領域を広げていくための実践的なアプローチをお伝えします。
・将来の不安を整理する「問いかけ」
「10年後、自分はエンジニアを続けられるのか」。AIの台頭もあり、この不安を抱える人は多いでしょう。私も若い頃は漠然とした不安を抱えていました。
でも今は、将来についてあまり心配していません。不安を感じたとき、私がやっているのは「今の自分、アルバイトで食っていけるか?」と考えることです。
今の仕事がすべてなくなったとして、何のバイトならできるか。いろいろ手を広げてきたおかげで、「まあ何かしらで食いつなげるだろう」と思える。その感覚が、将来への不安を軽くしてくれています。この考え方について、お話しします。
・資格・学習・自己投資について
「資格なんて意味がない」という声もありますが、本当にそうでしょうか。30年のキャリアで感じてきた、資格や学習に対する現実的な考え方をお伝えします。
・「なんでもやる人」が考えるAIの魅力
生成AIの台頭で「仕事を奪われるのでは」と不安を感じる人も多いでしょう。でも私は、AIに対して不安よりも魅力を感じています。
さまざまなことに手を出してきた人間にとって、AIは「できること」をさらに広げてくれる道具です。AIと、どのように付き合っていくか、「なんでもやる人」の視点からお話しします。
③想定する聴衆とその人たちが得られるもの
・想定する聴衆:
自分のキャリアに漠然とした不安を抱えているエンジニア
「一つの専門に絞れない」と感じている人
新しい技術や分野に挑戦したいが、踏み出し方がわからない人
フリーランスや多角的な働き方に興味がある人
40代以降のキャリアをどう描くか考え始めている人
・得られるもの:
専門特化だけではない、もう一つのキャリアの形
新しいスキル領域に踏み出すための具体的なアプローチ
将来の不安を整理するための思考法
資格や学習に対する、現実的なスタンス
生成AI時代の捉え方
④なぜあなたがこのトピックについて話すのか
私はフリーランスの技術ライター・プログラマーとして、約30年間この業界で仕事を続けてきました。
技術領域はAWS、Python、セキュリティ、ネットワーク、電子工作、データベースなど多岐にわたります。情報処理技術者試験の情報セキュリティスペシャリスト、ネットワークスペシャリストも取得しています。
これまで一つの分野を深く極めるのではなく、あちこちに手を出し、さまざまなことをしてきました。それでも30年間、仕事が途切れずに続いている。この「専門特化ではない生き方」について、自分なりの考えを持っています。
世の中には「一つの道を極めた人」の話はたくさんあります。でも、そうではない道を歩いてきた人間の話があってもいい。
同じように「絞れない」「決められない」と感じている人に、「そういうやり方もあるよ」と伝えられることが、私がこのトピックを話す理由です。
桃原 秀康 ①発表概要(約400字)
技術を磨く日々の中で、ふと「この先、自分はやっていけるだろうか」という不安を感じることはありませんか?
責任ある立場への挑戦、ライフステージの変化、AIの台頭。
20代・30代は自身のライフサイクルが最も激しく変化する時期です。
現代のエンジニアは意思決定や判断の連続であり、その頻度はかつてないほど高まっています。
しかし、私たちは技術習得には熱心でも、自分自身の健康管理という「最重要の実行基盤」の運用法を学ぶ機会を後回しにしがちです。
私自身、周囲を圧倒するような尖った才能があるわけではありません。
でも「止まらなければいい、前を向いてさえいれば大丈夫」という確信を持って歩んできました。
本セッションでは、どんな変化にも適応し、自分を整え続けるための技術を共有します。
健康管理を「不調を感じてからの事後対応」ではなく、持続可能な開発を実現するための「基盤投資」として捉え直す。
変化の多い時代だからこそ、客観的に自分を見つめる術を得る機会になれば幸いです。
②発表の詳細(約850字)
技術ライフサイクルと「自分ライフサイクル」の同期
新しい技術の学習は楽しいものですが、それを扱う「自分自身」の状態が不安定では、せっかくの技術も発揮できません。特にライフステージの変化や業務責任が増す時期は、基盤のアップデートを忘れたシステムのように予期せぬ負荷に直面しがちです。健康管理を「不調を感じてからの事後対応」ではなく、持続可能な開発を実現するための「基盤投資」として捉え直す学習が必要です。
不安を「見える化」して受け入れる
現代は意思決定の頻度が高まり、精神的な負荷が蓄積しやすい環境です。こうした重圧を単なる感情ではなく「負荷の蓄積」として客観的に捉える技術を解説します。特筆すべき武器をまだ持たないと感じていても、自分の状態を正しく把握できれば対策を打てます。「進めなくても、前を向いていればいい」という、自分を追い詰めすぎない運用指針を提案します。
状態の冪等性を育てるストレステスト
どんな時代変化という入力があっても、安定したパフォーマンスという出力を返す。この「冪等性」を養うために、あえて日常的に「身体への適度な負荷トレーニング」を組み込みます。意図的に自分を追い込む時間を作り、ストレス耐性の閾値を調整することで、「自分はここまで耐えられる」という自己信頼を育みます。これにより、日常のトラブルを相対的に低負荷に感じ、業務をより楽しめる状態へ変えていけます。
未来を前向きに駆け抜けるために
キャリアは長距離走です。途中で歩いても、少し休んでも、前を向いてさえいればいつかまた加速できるタイミングが来ます。現状を変えるのに必要なのは、緻密な戦略や圧倒的なリソースだけではありません。私は、最後は「自分自身は可能性の塊であると、誰よりも信じきっていること」こそが、停滞を打ち破るエンジンになると考えています。そのためには、エンジンの基盤である「体」が安定していなければなりません。
楽しみながら「生きのこる」エンジニアリング
実直に歩み続ける私たちが、楽しみながらこの先生きのこるために。SREがシステムの安定を守るように、私たちも自分たちの体(Body)をRE(Reliability Engineering)していきましょう。「心が折れそうだ」と感じる前に、まず「体のメトリクス」に目を向ける。姿勢を正し、深く息を吐き、フィジカルから内面をハックする。私の経験が、皆さんが自分を見つめる術を得るきっかけになれば嬉しいです。
③想定する聴衆とその人たちが得られるもの
想定聴衆:
・将来のキャリアやマネジメント業務に不安を感じているエンジニア。
・ライフイベントによる環境変化と仕事の両立に悩んでいる方。
得られるもの:
・ストレスをハックし、自分を整えるための具体的な自己運用マニュアル。
・「前を向いてさえいれば大丈夫」と思える、実体験に基づいた安心感と勇気。
・変化の激しい時代を、楽しみながらサバイブするためのライフサイクル戦略。
④なぜあなたがこのトピックについて話すのか
私は、理論や戦略も大切にしながら、最後は「誰よりも自分自身の可能性を信じきっている」ことが一番の武器だと思って動いてきました。
実直に積み上げるタイプとして、何度も「しんどいつかれた」と立ち止まりそうになりましたが、
身体へのストレステストを通じて自分を整える術を学んだことで、変化を楽しめるようになりました。
不安の中にいる20代・30代の皆さんに「しっかり前を向いていれば大丈夫だよ」というメッセージと技術を伝え、
自分を見つめる術を得るきっかけを提供したいからです。
芦川 亮 私は、学生の頃からエンジニアになりたくてこの仕事を選んだわけではありません。
目の前の面倒なことや課題を解決するための手段としてたまたまエンジニアになり、そこそこ課題解決が楽しくて、気づけば20年以上この仕事を続けてきました。
エンジニアリングマネージャーへの昇格をきっかけに、見える世界は大きく広がりました。
同時に、自分の立ち位置や進むべき道がわからなくなり、数年間迷い続けることになりましたが、そんな中で私を救ってくれたのが、EM Triangleという考え方と、社外で同じ立場の人たちと出会い対話する経験でした。
最高に面白い世界がそこには待っていました。これがエンジニアリングかと思いました。
本セッションでは、そんな1人の男のキャリアに迷い続けた経験と、そこからエンジニアリングが再び楽しくなっていった過程を通して、これからの時代を長く働き続けるためのヒントをお伝えします。
私はこれまで、「エンジニアリングそのものが好き」というよりも、「課題を解決すること」が好きでこの仕事を続けてきました。
自分や会社、ユーザーが感じている面倒なことを何とかしたい。そのための手段として、新しい言語や仕組みを学び、システムを作ってきました。
その結果として、気づけばエンジニアとしてのスキルや経験が積み重なっていきました。
転機となったのは、エンジニアリングマネージャーへの昇格です。
会社全体の状況や部署間の関係、経営的な視点など、それまで見えていなかった世界に一気に触れることになりました。
視座は確かに上がりました。しかし、その変化にうまく適応できたわけではありません。
これまで自分がやってきたことと、これから求められることの区別がつかないまま、数年間を過ごしてしまいました。
さらに、メンバーから「この先のキャリアをどう考えればいいですか?」と相談されたとき、自分が何も答えられないことに気づきました。
自分自身の道すら見えていない人間が、人のキャリアを語れるのか。強い無力感を覚えました。
そんな中で出会ったのが、EM Triangleという考え方でした。
技術・組織・プロダクトのバランスという視点を通して、自分の強みや役割を客観的に見直すことができるようになりました。
枠組みが見えるからこそ、部下に語れることも増えました。
また、社外で同じように悩んでいる人たちと話す機会を持ったことで、「迷っているのは自分だけではない」と気づけたことも大きな支えになりました。
これらの経験を通して、私は少しずつ「マネージャーとしてのエンジニアリング」の面白さに気づくようになりました。
人や組織、プロダクトに関わることで、これまでとは違う形で課題解決に関われることが、再び仕事を楽しいものにしてくれました。
本セッションでは、こうした試行錯誤の過程と学びを共有し、キャリアや役割の変化に悩む方の参考になる視点をお伝えします。マネージャー職になるとこんなにも面白く刺激的な世界が待っているぞ、という思いを伝えたいです。
将来の選択肢に迷っている若手・中堅エンジニア
エンジニアからマネージャーへの転換期にいる方
キャリアの方向性に悩んでいる方
マネージャー職に不安を感じている方
キャリアに迷ったときの考え方のヒント
EM Triangleを自己理解に活かす方法
マネージャー職のリアルな実態
技術以外の価値の伸ばし方
長く楽しく働くための視点
キャリアの方向性に悩んでいる方
マネージャー職に不安を感じている方
私はこれまで、「明確なキャリアプラン」を持って働いてきたタイプではありません。
むしろ、その時々の課題に向き合いながら、迷い続けてきたエンジニアです。
マネージャーになってからは特に、自分の立ち位置や価値がわからなくなり、何年も悩み続けました。
その中で、EM Triangleや社外での対話を通して、自分なりの軸を見つけることができました。
この経験は、同じように迷っている人にとって、必ず役に立つと感じています。
「マネージャーは大変そう」「自分には向いていないかもしれない」と感じている方にこそ、挑戦してみる価値があることを伝えたい。
そして、キャリアに正解がなくても、楽しみながら続けていける道はあるということを共有したいと思い、このトピックで応募しました。
masuyama ■1. 発表概要
大手製造業でのシステム開発から、ゲームメーカーでのオンラインゲーム開発、大規模SNSプラットフォームや国内最大級のフリマアプリ・決済サービスの基盤開発、そして現在のスタートアップに至るまで、幾多の非連続な進化を当事者として経験してきました。
技術が進化し、言語の抽象度が高まるたびにエンジニアの役割は変化してきましたが、現実には価値を届け続けるという営みは、形を変えながらも常に存在し、存続していくのではないでしょうか。過去の転換点を振り返りながら、AIという新たな波を歴史の連続性の中でどう捉えているか紹介できればと思います。
環境や道具がどれほど入れ替わっても続いていくエンジニアの生き方を、意外と語られることが少ない企業の中の最前線で働いてきた一個人の立場から、一つの事例としてお話しできればと考えています。
■2. 発表の詳細
私個人の実務経験に基づき、環境の変化の中で一貫して最前線の現場で価値を出し続ける方法について、具体例を交えながら考えてみたいと思います。
AIの登場は間違いなく大きな波ですが、過去のインターネットやスマホの登場時も、今では当たり前ながら当時は劇的な変化がありました。道具が洗練されるほど、私たちはより純粋に、そしてより高い解像度でものづくりの本質に向き合えるようになる。そんな未来への展望を共有できれば幸いです。
【過去の変化からの学び】
技術の進化はエンジニアを低レイヤーの格闘から解放しました。ここではその功罪を振り返ります。
・見えなくなったもの
かつて当たり前だったサーバ管理やOSの実行系への理解は、クラウドやSaaSの普及により、今や1万台規模の構成すらボタン一つで制御可能です。詳細を知らなくても高い信頼性で動く「抽象化」の恩恵は計り知れません。
・残る課題
しかし、障害時にエンジニアを救うのは、あえて見なくてよくなった「裏側(プロトコルやメモリ、I/O)」の知識です。便利になった今、この想像力を捨ててはいけない理由を実地経験から掘り下げます。
【現在変わりつつあるもの】
AIによる劇的な効率化をどう捉え、どう適応すべきか、現時点の実感を共有します。
・退屈な作業からの解放
定型コードの記述やテスト量産など、知的だが「めんどくさい」作業はAIの領域へ。人間が介入すべき面白い課題の中身が変わる過渡期にあると考えます。
・肩書の変わり方
かつてプログラマーと呼ばれた職種がソフトウェアエンジニアへと進化したように、呼称が変わっても「技術を手段として目的を達成する」という現場の本質は不変です。
【これからのソフトウェア開発】
どれほどAIが進化しても、人間の手元に残るであろう領域についての個人的な考えを伝えたいと思います。
・AIとの境界線
最後の最後で追求するような面白さや触り心地のよさといった情緒的なクオリティをどう扱うか。
・0から1を作る意志
全く新しいビジネスの価値や、あえて曖昧にされた仕様の裏にある本当の狙いを考え、読み解く人間の役割について。またどこにも前例や情報がなく自ら作り出さなければいけないソフトウェアについても触れたいと思います。
■3. 想定する聴衆とその人たちが得られるもの
現場の最前線で働いている人、働き続けたい人に向けて
・現場での開発経験からくる、時代に左右されないエンジニアの核
・過去の技術転換期に先人たちがどう適応してきたかという、一つの生存モデル
・AIを抽象度が高まった新しい道具として捉え、前向きに付き合うための視点
■4. なぜあなたがこのトピックについて話すのか
キャリア開始以来、一貫して現場の最前線でソフトウェアを提供することに執着してきました。そしてAIを駆使しながらスタートアップのエンジニアとして今もコードを書いている自分の歩みが、世代を超えてこの先生きのこるための具体的な一例として、参加者の皆様の参考になればと考えています。
kumaaaan 私は、一昨年の10月から昨年10月までの約1年間「無職」を経験しました。
それまでエンジニアリングマネージャーを長年務めてきましたが、自分の理想とするキャリアとのギャップを感じ、仕事を続けながらではなく、一度立ち止まって集中してスキルを磨き直すしかないと考えたからです。
しかしいざ無職になってみると、学習に集中できた反面、思ってもみない心境の変化や現実的な課題がいくつか起こりました。それらを解決する方法を自分なりに考え、1年を経て今は希望していた職種に就いています。
今振り返れば、この無職期間は自分の人生にとって大きなプラスでした。キャリアブレイクを適切に取ることは、その後のキャリアを実りあるものにしてくれる一つの方法だ。今はそう確信しています。その具体的なプロセスをお伝えすることで、今後のキャリアに悩んでいるエンジニアの皆様のひとつの参考事例になれば幸いです。
■なぜ私は「無職」を選んだのか
エンジニアに限らず、生活のためや社会的地位、あるいは生きがいのために「働き始めた以上は定年までずっと働き続けなければいけない」と思っている人は多いはずです。
しかし、それは本当なのでしょうか。
手に入れたいキャリアがあるけれど自分には一歩届かないと思うのなら、少しの間でもキャリアを見直す期間を設けて、自らのスキルを磨いたり、方向性を再設定することに費やしてもいいのではないか。
そう思ったのが、私が無職になったきっかけでした。
■「積極的無職」という考え方
その中で知ったのが「キャリアブレイク」という言葉でした。一時的な離職や休息という意味ですが、私はこれを「無職になってしまった」という消極的なものではなく、進んで無職になる「積極的無職」(そんな言葉があるかは知りませんがw)のことだと勝手に解釈しています。
■無職期間に訪れる「5段階の変化」
約1年の無職期間中、私は一般的に言われる「5段階のマインドの変化」を身をもって経験しました。
開放 : 長年の重荷を下ろした解放感と、一時的なハイ状態。
虚無 : 「何者でもない自分」に気づく恐怖と孤独感。
模索 : 虚無から回復し、「やってみたかったこと」に目が向く。
現実 : 貯金の減少や再就職への不安など、現実的な問題が見えてくる。
接続 : 再び社会や他者とつながろうとする最終段階。
この変化の中で、自分なりに試行錯誤しながら乗り越える努力をしなければなりませんでした。
■実体験からお伝えしたい知見
本セッションでは、この具体的な体験をお伝えするとともに、皆さんが抱くであろう疑問に対し、私なりの経験をお話しします。
・ キャリアブレイクにはある程度の貯金がないと、ていわれるけど、実際どれくらい必要なのか?
・ 人に職業を聞かれたらどう答えればいい?
・ 技術的なキャッチアップはどう継続すべきか?
・ 採用面接で無職期間についてどう話せばいい?
■最後に
無職と聞くと一般的にネガティブな印象を持たれがちですが、あの時期があったからこそ、今の自分がある。キャリアブレイクは、適切に取ればその後の人生をより豊かにしてくれるものだと思います。キャリアに悩む多くのエンジニアの皆様へ、私の事例が少しでもお役に立てればうれしいです。
想定する聴衆
・ 「このまま仕事し続けていいのかな?」とモヤモヤしているエンジニア
理想のキャリアはあるけれど、日々の仕事が忙しくて自分を磨き直す時間が取れずに焦っている方
・ 仕事を辞めることや履歴書の空白が怖くてたまらない方
「一度現場を離れたら、もう戻ってこれないかも?」という不安から、休む勇気が出ない方
・ メンバーのキャリア相談に乗る立場のマネージャー
「ずっと働き続ける」以外の選択肢が、エンジニアの人生にどんな影響を与えるのか、実例を知っておきたい方
得られるもの
・ 「戦略的に休むのって案外ありかも」という安心感
無職期間をただのブランクではなく、次のステップへ進むための前向きな準備期間(積極的無職)として捉えるヒント
・ 「実際どうなの?」という現実的な疑問への答え
「貯金はいくら必要?」「職業を聞かれたらなんて答える?」といった、休む前に誰もが気になるポイントの解決策
エンジニアは常に走り続けなければ、というプレッシャーがありますが、私はそこであえて立ち止まってみました。そして無職期間の不安や葛藤、そこからの再接続という現実を共有したいという思いと、空白期間は脱落ではなく、より良く生きるための投資であると伝え、かつての私のように悩む人の心を少しでも軽くできればと思っています。