ありす ゆう
Alice_You
子供が憧れるような華々しい仕事でもなく、
大人が「昔はすごかった」と懐かしがるような経歴でもありません。
でも振り返ると、エンジニアとして生きてきた道には結構いいとこがあったと思っています。
振り出しのゲーム会社で部署廃止、その次はベンチャーの解散に巻き込まれ、
職種の名前もよくわからないまま、プログラマが情シスの真似ごとを始めました。
そこで触れたネットワークやサーバ、メールの基礎に救われ、2度目のゲーム業界へ。
再び事業撤退に会うも、世界の外に出たことで活路が見え、異業種の製造業へ転身し、
気づけば50代の今もエンジニアとして手を動かしています。
スターじゃなくても、エンジニアとして、未来への旅は続けられます。
特別な才能や計画がなくても、エンジニアであり続けられたということ。
それは、他人の評価ではなく、自分の評価軸でエンジニアであり続けたという話です。
私のキャリアには、いわゆる、キラキラした瞬間はありません。
ゲーム業界では二度、事業撤退に巻き込まれ、
音楽配信ベンチャーは入社3か月で解散。
ITの世界で、エンジニアであり続けようとした私がどのように歩いてきたのか。
音楽配信ベンチャーが解散したのち、その出資元企業に拾われ、情シス、という名称も知らぬま、その真似ごとを始めます。
それは、ベンチャーでR&Dに集中していればよかった数か月とは、別のものでした。
情シスとして、ネットワーク、サーバの関連技術、調達、通信会社との付き合い方など、それまでは全く異なる
業務に触れたことが、その後のキャリアの軸となります。
それが2度目の、オンラインゲームのサーバインフラ担当として、ゲーム業界に戻ることを可能としました。
ですが、ここでもまた、事業撤退で再度情シスへの転身をすることとなりました。
このときも、情シスの経験と知識で、社内転職が可能となりました。
その後、ゲーム関連事業再開の目が見えないことから、ゲーム業界への再度の転職を目指しました。
ですが、それは果たせず、製造業の情シスとして、再び世界の外に出ることとなりました。
ここでも、転職の助けとなったのは、サーバ、ネットワークの設計構築運用といった、地味な知識でした。
そこで、現役の情シスとして業務を続けています。
このように、私は、特別な肩書があったわけでも、計画的にキャリアを積んだわけでもありません。
子供が憧れる華々しさも、大人が昔話にするようなドラマもない。
ただ、その場その場で必要なことを覚えることで、それなりに山も谷もあった道を、歩き続けてきました。
本セッションでは、自分はスターになれない、そう感じている若手に、
それでも旅は続けられるという、とても普通で、とても静かな事実を
共有したいと思います。
見えている世界がすべてではなく、その外にも活路があること。
名声や派手さがなくても、エンジニアとして十分に生きていけること。
そして、スターじゃなくても結構いい人生になる可能性があること。
エンジニアとしての旅は、これからも未来へと続くこと。
そんな話をします。
・10年後、20年後、自分はエンジニアでいるのだろうか、どうすればエンジニアでいられるのか、という
漠然とした疑問や不安を持つ、特別な成功譚はなくても日々の業務に勤しむ、普通のエンジニア
・スターでなくてもキャリアを続けられる具体例
・業界の外に活路があるという視野の広がり
・抽象度の高い基盤技術の価値
・エンジニア人生に、結構いいとこを見つける視点
いままで技術者でありつづけ、これからも技術者であり続ける。
それを当然のことだと思っていました。
ですが、それは、実際には当たり前ではなかったのかもしれない。
きのこカンファレンスの存在がそれを示しているのではないか、そう思い、
未来に向けて、ただエンジニアであり続ける人生についてお話しできればと考えました。