エンジニアがこの先生きのこるためのカンファレンス2026
通常セッション(20分)

40代で“やっとエンジニアになれた”――閉じた学びを開き、空の青さを知る

asagayanaoki 高橋直規 asagayanaoki
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①発表概要
私は40代で、ようやく「エンジニアになれた」と感じました。
20~30代の私は、業務を確実に果たすことに集中し、学びが自分の環境に閉じていました。
「外に出て学ぶ」という発想を持つことができていませんでした。

転機は40代での0→1プロダクト開発の失敗です。
リリースを果たせた一方で、今までのやり方は、チームを苦しめ、自分も追い詰めました。
今までのやりかたが通用しなくなることを知りました。
「知らないことを知らないままでは前に進めない」と痛感し、そのために外部からの学びが必要と考えました。

その後、勉強会やカンファレンスに参加するようになり、外部の環境から学ぶことで視野と選択肢が広がる体験を得ました。
過去の経験や置かれた環境からだけでなく、今必要なものを判断できる主体性を獲得しました。

本トークでは、外部の学びで世界を拡張し、40代からでも未来を「いまから、ここから」更新した実践を共有します。

② 発表の詳細
本トークは「外に出て学ぶ発想がない状態」から抜け出し、40代からでも未来を更新できることを、失敗と回復のプロセスとして共有します。

まず、学びが自分の環境に閉じていく状態を整理します。
企業では“求められた成果を出す”ことが最優先になり、学びが「必要になったら調べる」に収束しがちです。
その結果、同じ型の判断が強化され、知らないことに気づけない(=選択肢が増えない/他の可能性に気付けない)状態になります。
また、うまくいったことは成功体験となり、それ以上の未来があっても意識できない状態となります。

その後、40代で経験した0→1プロダクトの失敗を題材に、意思決定の偏りや合意形成の不足、チームの摩耗、属人化のハードワークがどのように連鎖したかを扱います。
“効率化”の名目で担当が細分化して、誰も全体の価値に責任を持てない分断を生んでいました。
学びや成長が実現されない環境で、結局最後は私個人のハードワークで解消しました。
今までのやり方が通用しなくなることを知りました。

そして、「知らないことを知る必要がある」を、行動に落とす転換点として語ります。
改めて、プロダクト開発のマネジメントに携わる上で、必要となる学習を進めました。
書籍の形式知だけでなく、他の人たちがどのように開発に携わっているかを知るため、勉強会・カンファレンスへの参加を継続しました。

そこで得たのは知識以上に、エンジニアリングする人の姿勢、現場ごとの前提、価値観の違いでした。
「自分の常識は唯一の正解ではない」と体感できたことが、学び直しの起点になりました。

また、そうした学びは自分の環境下から解き放ち、エンジニアリングの魅力を楽しむことに繋がりました。
結果、私は業務として開発に携わる自分から、
環境に左右されずに学び、判断し、改善できるひとりのエンジニアになれたと思っています。

最後に、知識の習得と実践を繰り返すことで、過去の経験に縛られず今必要なものを判断する意思決定と主体性を獲得したことをお伝えします。
私はこの変化を通じて、40代になって初めて“エンジニアリングする自分”を獲得できたと感じました。

③ 想定する聴衆と、その人たちが得られるもの
・想定する聴衆

  • いまの環境の中で頑張っているが、視野や選択肢を増やしたい方(20~30代)
  • 学び直したいが、何から始めればよいか迷っている方(40代以上)
  • いつまでエンジニアであることを楽しめるのか悩んでいる方

・得られるもの

  • 自分の学びが環境に閉じているかを確認できる
  • 失敗を"学び直しの起点"に変換する考え方(痛感を行動へ落とす方法)
  • 40代以降も成長し続けるエンジニアとしてのキャリア観

④ なぜこのトピックについて話したいのか
私は「最初から順調に成功したエンジニア」ではありません。
長い間、自分の環境の中に閉じ、外に出て学ぶ発想を持つことができていませんでした。
私自身が外部の学びを通じて救われた経験は、若手世代を勇気づける力があると実感しています。
同時に、同世代の方々にも「いまからでも遅くない」というメッセージを届けたいです。
「いまから、ここから」未来を更新するために、外から学びを得ることの魅力を伝えたいと考えています。