エンジニアがこの先生きのこるためのカンファレンス2026
通常セッション(20分)

雇用不安時代サバイバーによる徹底的「自己責任思考」エクササイズ

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発表概要

わたし自身が「雇用不安」をなんとか生きてきたキーが「自己責任思考」でした。この環境・時代・他者などの外部要因を嘆かず、ひたすらに「自己責任」を自らに課し続けてきました。

これは、自分を殺して滅私奉公することを肯定するものでも、孤立を推奨するものでもありません。「コントロール可能な変数(自分)」と「不可能な定数(環境)」を極限まで選別し、自分という変数を書き換えることだけにリソースを注ぐ、生存のためのアルゴリズムです。

とはいえ、自己責任は万能ではなく、行き過ぎには弊害があります。

本セッションでは、私が長年意識的・無意識的に実践してきたこの思考法から「生存に必要な旨み」のみを抽出し、日々のメンタルマネジメントに使える「エクササイズ」として共有します。

発表の詳細

2009/11/18 日本経済新聞の夕刊に らいふプラス-雇用不安を働く(下) という記事が掲載されました。リーマンショック下、キャリアパスどころか明日の糧への不安を抱え、IT勉強会に通うエンジニアの話。わたしはそのモデルの一人でした。

しかし、わたしの不安はそのもっと前から、常に傍らにありました。

  • 1996年、商業高校に入学した私への教師の第一声は「君たちに就職先はない」。
  • 2002年、就職氷河期の只中、内定ゼロの恐怖と戦った大学時代の就活時期。
  • なんとかSEとして職を得るも、デスマーチや自社待機が常態化し、「3K・7K」という言葉が蔓延していた若手時代。

そして2026年現在。私はまだ、エンジニアとして生きています。

この約30年に及ぶ「雇用不安」をサバイブできたのは、運が良かっただけでも、卓越した技術力の持ち主だったわけでもありません。不安とともに持ち続け、耐え続けてきた「自己責任思考」によるものです。環境・時代・他者などの外部要因を嘆かず、ひたすらに「自己責任」を自らに課し続けてきました。

これは、自分を殺して滅私奉公することを肯定するものでも、孤立を推奨するものでもありません。「コントロール可能な変数(自分)」と「不可能な定数(環境)」を極限まで選別し、自分という変数を書き換えることだけにリソースを注ぐ、生存のためのアルゴリズムです。

とはいえ、自己責任は万能ではなく、行き過ぎには弊害があります。本セッションでは、私が長年意識的・無意識的に実践してきたこの思考法から「生存に必要な旨み」のみを抽出し、日々のメンタルマネジメントに使える「エクササイズ」として共有します。

エクササイズ例

以下のような複数の手法から構成します。

感情の「因数分解」

「漠然とした不安」は対処不能だが、「名前のついた課題」は解決できる。負の感情を要素分解し、ハンドリング可能なタスクに落とし込む技法。

他者への「合理的解釈」

ときに他者の言動や反応に理不尽を感じることがあります。それを意味不明、なんでやと謎として扱わず、その背景となった「合理性」をプロファイリングし、予測モデルを構築する。

ニーバーの「仕分け」

ニーバーの祈りをもとに、変えられないもの(他社の考えや行動、景気)と、変えられるもの(自分の判断、行動、仕事)を冷静に仕分け、全リソースを後者に振る。

戦略的「越境」

組織の境界線に落ちているボール(誰もやりたがらない仕事)を、皆のためにも自分のためにも有用な「案件」として獲得するムーブを意識的に行う。

想定する聴衆とその人たちが得られるもの

想定聴衆は以下のような、不安な気持ちを抱えている方です。

  • 「会社や業界がどうなるかわからない」という不安を、行動に変えられずにいる人
  • 組織の不条理に直面し、他責の念に押しつぶされそうになっている人
  • スキルに自信のない自分が、この先生きのこるための再現性ある思考法を知りたい人

得られるものは以下の事柄です

  • 不安を「嘆き」「妬み」ではなく「自らの戦略」に変換する具体的な思考フレームワーク
  • 組織に属しながら、精神的に自立(サバイブ)するためのマインドセット
  • 「自己責任」という言葉を、自分を縛る鎖ではなく、自分を守る武器として再定義する視点

なぜこのトピックについて話したいのか

昨年の秋に、現職勤務12年・年齢45歳という自分なりに大きな節目を迎えました。そこで今までの人生を振り返ると、雇用不安の意識とともに、強烈に「自己責任」な考えを過度に持っている・持ってしまっていることに気がつきました。
負の側面もある考え方ですので、これからはよい側面を健全に自分自身も持ちたいし、わたしを救ってくれたコミュニティーにも恩送りしたいと考えたためです。