DPon
DPontaro
私はいわゆるスペシャリストと呼ばれるタイプでも、最新の技術を即座にキャッチアップするアーリーアダプターのようなタイプでもありません。
むしろ、自分はなぜこんなに出来ないのだろうと感じ続けてきたエンジニアです。
そういった卑下はありつつ不思議なもので、40歳を迎えた現在でもプレイングマネージャーとして仕事はいただけてる状態でなんとか生きのこっています。
そんなどこにでもいる私がなぜ生きのこれているのかを考えてみると、常々ギリギリのタイミングではあったかなと思うのですが、
「このままではヤバい」となんとか動いてもがいてサバイブしてきたということに気づきました。
明確なキャリアプランがあったわけではありません。
業界の変化、働き方の限界、自身の成長停滞。
そのたびにギリギリで方向転換し、ジタバタしながら生き延びてきました。
本発表では、計画的なキャリア設計ではなく、危機を検知し、致命傷になる前に動いてきた私の嗅覚と行動パターンを共有します。
同じように焦りながらも動けずにいる方に、
「ギリギリでも動けば生きのこれる」という一つの選択肢を届けられればと思います。
中学校は不登校、卒業してからフリーター。
そんな自分が同世代の子たちをみて、何を思い高校にいきなおし社会人になるに至ったのか。
晴れて就職。小さいころから好きだったTVゲームという憧れの業界でプログラマ。
しかし時は2009年。前年末にはリーマンショックという大事件。
毎月見せられたキャッシュフロー。
コンシューマゲームの売上が不調な中、自分はどう行動していたのか。
世はスマートフォン向けソーシャルゲーム時代。
弊社でも開発。誰もやったことないサーバーサイド。
作りが悪く、負荷集中。
メンタル崩壊からの初転職。
予想外の方向からの金銭トラブル巻き込み案件。
銭を失う恐怖。自身の価値観、キャリアに大きく影響を与えた大事件。
事件も落ち着き、バックエンドもだいぶ板についてきた。
いよいよ誕生、第一子。
そんな中プロジェクトは絶賛デスマーチ。
子が起きる前に出勤、帰ったら寝てる、そんな日々。
そうこうしてればコロナの緊急事態宣言。働き方も大変化。
カウンセリングで身につけたメンタルのオブザーバビリティ。
ストレッサーでログをとって自分を修復。
メタ認知も向上して、いざ自分を救う大転職。
転職1年半、そろそろ活躍しないとね。
社内賞発表。自分の名前はナッシング。
はてさて30代も後半、このままの自分はどうなるのか。
焦りから始まる、自分磨きのアウトプット大促進時代
もうすぐ40も見えてきた。
観測範囲の近しい年齢の人はみーんな管理職やってる。
やってないのお前だけ。
どうする、どうするよオレ。
来年自分の仕事は果たしてあるのか!?
ヤバすぎる進化のスピードに振り落とされないために、何する?どうする?
昔の自分を救いたいんじゃないかなと思います。
色々躓いてなんとか生きてるんですが、やはりだいぶ遠回りをしてきたなと感じる部分も非常に多いです。
ギリギリでも生きてはこれてきましたが、早いにこしたことはないと思う場面も多々あります。
自分と同じような苦しみは出来れば避けて、人生の幸福な時間の密度を少しでも高める一助にならないかなという気持ちです。