いわむーちょ
takusamar
①発表概要
「将来どうなりたいか?」……そんな贅沢な問いは、我ら氷河期世代にはなかった。
1998年、山一證券廃業の年に大学を卒業した文系出身、専門知識なし。2000年問題の人手不足に紛れ込み、半ば破れかぶれにSE業界を選んだ。
以来、私の判断基準は「二つ二つの場にて、おもしろき方に片付くばかりなり」。
『葉隠』の一節を「おもしろき方」と読み替え、ネタになりそうな道へ進む。人生の岐路に立つたび、安定よりも変化を選んできた。
30代の青年海外協力隊、沖縄移住。40代の独立、ヨガ修行。すべては「どうせ何も得られない人生なら、せめてネタになる経験だけでも」という執着だった。
しかし、死場所を求めてあがき続ける中で、私はエンジニアとしての「生」を再発見する。
戦略もロードマップも持たず、「おもしろき方」を選び続けた結果、運良く生き残ったエンジニアの記録。
②発表の詳細
本セッションでは、論理や戦略ではなく「ネタ」がある方へ進むことで生き残った軌跡を、3節で構成します。
絶望の20代:SE業界の隅っこで「死なない」ことだけを考えた
就職氷河期ど真ん中の1998年。文系未経験の私が潜り込んだのはSE業界の末端だった。
キャリアプランなどはなく、目の前のコードと格闘し日銭を稼ぐ日々。現場は個人主義の強者揃いで、できない者から辞めていく。
「腕を磨かなければ生きていけない」という強迫観念の中、パワハラにあえばコードで殴り返そうと足掻き、返り討ちにあいながら、生き残るためだけに転職を繰り返した。
この「生」への渇望が、後の「おもしろき方へ」という思想の種火となった。
葉隠精神の実践:青年海外協力隊、沖縄移住という「ネタ」の獲得
30歳を迎え、SEとしてのキャリアが安定してきたとき、あえて「ネタ」を求めた。
青年海外協力隊として2年間、フィリピンの田舎町でIT技術指導にあたり、帰国後はいったん復職するも沖縄へ移住。
周囲からは「キャリアの放棄」に見える選択も、自分にとっては「おもしろき方」をとる葉隠の実践だった。
未知の不条理(言語の壁、文化の差)に飛び込み続けることで、単なるITスキルを超えた「生きるための智慧」を磨いていった。
この蓄積は、自分だけの「代替不能な希少性」を生み出したと言える。
わかりやすいキャリアパスを捨てて「おもしろき方」へ舵を切ることが、逆説的に生存確率を最大化させるリスクヘッジとなり得るだろう。
ヨガ修行という再発見:エンジニアを続けながら「生」を得る
40代、身体の不調を機に2016年からヨガを習い始め、2019年に43歳でフリーランスとして独立。
自らの腕一本で生きるプレッシャーの中で、ヨガは心の支えとなった。
2021年、45歳でヨガインストラクター資格を取得。ヨガインストラクターの活動を始めたのは、やはり「おもしろき方」の嗅覚が働いたからだ。
生成AIが台頭し、論理的な正解が容易に代替される時代だからこそ、私は「代替不能な身体感覚」を重視したい。
ITという論理の世界と、ヨガという身体的な世界を越境することで、私の内面に変化が起きた。
かつてはコードで殴り合っていた世の中の不条理さを、ありのままに受け入れられるようになった。
鋭利な論理を柔軟な呼吸で包み込む。このバランスを手にしたとき、私はようやくエンジニアとして「熟す」感覚に近づけた気がした。
本セッションは過去の回想ではない。
50代を迎えた今、生成AIによって吹き荒れる嵐の海をどこまでも「おもしろき方」へ進み続ける決意表明である。
③想定する聴衆とその人たちが得られるもの
【想定する聴衆】
・将来への不安(キャリアの行き詰まり)を抱えている方
・牢獄の庭を歩く自由より、嵐の海だがどこまでも泳げる自由を欲する方
【得られるもの】
・「おもしろき方(ネタ)」という新しい判断軸による閉塞感の打破
・異文化や不条理に身を置くことで、技術を「生きるための智慧」へと昇華させる視点
・身体性を取り入れて論理の限界を越え、エンジニアとして「熟す」ための知恵
④なぜこのトピックについて話したいのか
私は、戦略的に成功したエリートではありません。
氷河期の絶望から「やけのやんぱち」でSE業界の牢獄に飛び込んだ、運が良かっただけの生き残りです。
フィリピン、沖縄、ヨガ修行。一見無関係な寄り道こそが自由な嵐の海であり、そこで得た智慧が論理だけでは解決できない行き詰まりを解消する糧となりました。
生成AIの時代だからこそ、自身の身体性と不条理を面白がる精神が、代替不能な武器になると確信しています。
若い仲間たちへ、あえて遠回りをする「おもしろさ」を伝えたいと思います。