小さく始めるBCP ― 多プロダクト環境で始める最初の一歩 by 中間啓介

SRE Kaigi 2026
セッション(30分)

小さく始めるBCP ― 多プロダクト環境で始める最初の一歩

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■ 発表カテゴリ
・Case Studies: 実際の導入事例や失敗談

■ 発表概要(400字程度)
BCP(事業継続計画)は企業存続のために中長期的に必要な施策です。SmartHRではSREチームがプロダクト観点でのBCPを担当しており、主にリージョン障害時のDR(ディザスタリカバリ)戦略を検討しています。

通常、BCPではRTO(目標復旧時間)、RPO(目標復旧時点)といった復旧目標を先に設定し、それに基づいてDR戦略を検討するのがセオリーです。しかし、この復旧目標設定では「事業を止めたくない」という要求と「コストを抑えたい」という相反する要求の間でトレードオフが発生します。このバランス調整が難しく、BCPを進める上での大きな障壁となっています。

私たちは、このセオリーをあえて覆し、復旧目標を先に決めず、最小限のコストで実現できるDR戦略から着手する「小さく始めるBCP」を実践しました。これは挑戦的なアプローチでしたが、多プロダクトを抱える私たちにとっては、最短でBCPを進めるための最善策となりました。

BCPを策定する方々が直面する課題を解決する一つのアプローチとして、私たちの実践から得た学びをご紹介します。

■ 発表の詳細(1000字程度)
アジェンダは以下を想定しています。

  1. BCPとは
    • BCPが企業にとって必要である理由
      • 緊急時でもサービスを提供ができるようにする
      • BCPを策定していることでお客様から信頼を得られる
    • BCPにおけるDR戦略の標準的なアプローチ
      • 一般的にRTO(目標復旧時間)とRPO(目標復旧時点)などの復旧目標を最初に設定し、それに基づいてDR戦略を立てていく
    • BCPの普及を妨げる現実的な課題
      • BCPは企業にとって重要な施策であるにもかかわらずスキルや人材の不足により、全体の企業の約20%しか対策を立てられていない
  2. SmartHRのプロダクトの現状とBCPにおける課題
    • SmartHRの多数のプロダクトと相互依存関係
    • リージョン障害に対する対策が万全ではない状況
  3. 復旧目標(RTO・RPO)を決めないという選択
    • 多プロダクトにおける復旧目標設定における課題
      • 課題1: 理想的な復旧目標と技術コストのトレードオフ
      • 課題2: 各プロダクトで必要な復旧レベルが異なる
      • その結果、DR戦略の方針やどの程度のコストをかけるべきか判断できない
    • 「最小限のコスト」で始める方針
      • 理想的な復旧目標は誰も正解を知らないため、復旧目標は決めず「最小限のコスト」で対策を考えていくことから始めた
      • セオリーに反して挑戦的なアプローチではあったが、小さく始めることでDR戦略も考えやすくなった
  4. 最小限のコストで実現できるDR戦略
    • 最優先で行うべきプロダクトを選定
      • 全てのプロダクトに復旧対策を行うのは費用対効果が低い
      • プロダクト間の依存関係を整理し、すべてのプロダクトに影響を与えるコアプロダクトを特定して最優先で対応
      • 最終的に最優先と判断されたプロダクトを直近の対応スコープとして設定
    • 現状のアーキテクチャでマルチリージョンに対応をしていない箇所を特定
    • 最小限のコストで行うため、全体の方針としては「コールドスタンバイ」を採用
      • アプリケーションサーバー(Cloud Run)はTerraformを利用した別リージョンへの復旧
      • データベース(AlloyDB)は定期バックアップを取得しておき障害時にリストアを実行
    • 復旧手順書の作成
    • 復旧手順書に基づいた机上訓練の実施
  5. 今後について
    • 現実的なDR戦略をベースにした復旧目標の設定
    • 優先度の高い次プロダクトに対するDR戦略の段階的検討

■ 対象聴衆とその人たちが得られるもの

対象聴衆

  • BCPの構築を検討している方
  • DR戦略について考えている方

得られるもの

  • 小さくBCPを始めるためのヒント
  • 最小限のコストでDR戦略を立てる時のアプローチ

■ なぜこのトピックについて話したいのか(モチベーション)
BCPは企業の成長フェーズによって必要な対策が様々に変化します。また、プロダクトの特性によってもDR戦略も異なります。このような様々な変数がある中でBCPを構築するのは非常に困難で、参考情報も限られています。そのため、小さく始めるための最初の一歩として何をすべきかを実体験ベースで共有することで、今後BCPを検討する方々に少しでも役立つヒントを提供できればと考え、このトピックを選びました。